カテゴリ:黒い太陽を求めて中国への旅( 2 )
黒い太陽を求めて・中国への旅②
ホテルから現地へ・そしていよいよ観測開始


ぐっすりと眠れないまま夜明けを迎える。現地時間の5時前、部屋の窓を開けると生ぬるい風が入ってきてどこかけだるさを感じる。まだ暗いのだが東の地平線辺りはほんのりと白み始めているのはわかる。晴れている。でも金星は見えない。ということは、昨夜の説明会の時に見た雲が予想通り南下してきているのか。コリャアやはり皆既の太陽を拝むのは難しいかもしれないな。ホテルの狭いバスタブに水を一杯に張って体を沈める。晴れることを願っての禊ではないが、どこかそんな気持ちがあったのかも知れぬ。

6時出発と言うことで、荷物のチェックを済ませ、急ぎ朝食を取りバスに乗り込む。朝日が差し始めた。このまま晴れ間が上空に広がってくれよ。みんなの願いを乗せて警備と道案内のためのパトカーに先導され、5台のバスは案慶市のホテルから観測地である桐城市天城中学校へと向かった。
高速度自動車を入ればかなり快適なのだが、朝はかなりの混雑が予想され、観測時刻に間に合わないかもしれないということで、一般道を走ることになったとガイドが説明してくれた。
車窓から見る田園にはイネやとうもろこし、大豆やサトイモなどが植えてあり、日本の田舎とほどんど変るところはない。
水牛がのんびりと水浴びをしているのを横目に見ながらバスは進む。中国の家は全て道路に面しては建てられてなく、道路から家までは5メートルから10メートル空き地があり、その空き地が実に有効(?)に利用されている。特に朝のこの時間はこの空き地が食堂代わりなのかどんぶりに箸を持って食事をしている人を見かけることも多かった。またこの空き地が市場にはや代わり、丁度バスが止まったところで市が開かれていて間近に目にすることができた。
以下にも中国の田舎、その市のすごいこと、野菜や果物は並べ方は乱雑だが日本とかわるところなないのだが、魚や肉などは凄い。アヒルや鶏は生きたまま転がっていて、注文に応じてなのか、その場で捌いているではないか。魚も生きたまま水桶に入れてあり、そのまま取引されていた。
豚にいたっては生きてはいなかったが、一頭のまま転がされていて、それをそのまま捌いては台の上に並べていた。もちろん露天なのだからハエの凄いこと、それを追っ払う風でもなく、ハエとの共存もまた生活の一部と見ているのだろう。ハエがいっぱいやってくるから美味しいのだと。そうそうあまり気づいた人はいなかったようだが、露天の隅のほうには犬も数匹つながれていて、どうやらこれも食料になるようだ。
そうこしているうちにバスは天城中学校に近付く。昨年下見した時とは一変、ビックリするくらいの街並みと道路。全てが新しくなっているではないか。特に学校周辺の変りようには驚かされた。下見に時に案内してくれたガイドさん曰く、「皆既日食の観測地として日本から観測隊がやってくるということで、急遽周辺を整備した。」のだおうだ。中国ってすごい。やるときゃ一気にやっちまうもんなんだ。7時10分、こうして5台のバスは学校前の広場から校門をくぐり観測する校庭に到着した。我々の観測場所には予め現地の警察がロープ(事件現場などに張ってある)が張り巡らされてあり、日本人以外は入れないようにしてあった。こんなに厳重にしなくてはならないのかな。こんなど田舎にそんなに人は集まらないだろう。(それが間違いであったと気づくのにはそう時間は掛からなかった)。でもこの心遣いが嬉しいではありませんか。

バスの窓から見上げる空は相変わらずどんより雲が垂れ込めている。でも少し隙間ができつつあり、ひょっとするとひょっとかな。そう思いつつバスから降りるとこの時刻なのに外はむせるような暑さ。湿度が高い上に気温は優に33度を越えているではないか。「kリャ晴れたら直ぐに35度は越えそうだな」そんなおしゃべりをしながらバスから機材を降ろし、セッティングにとりかかる。もちろん汗だくになりながらである。
まず望遠鏡(80ミリ屈折)での撮影用三脚は、真北から真南の方向に平行にロープが引いてありそれを下にセットし、赤道儀をのせる。バランスウェイトにマウント、その上に望遠鏡とビデオカメラを手際よく取り付けた。ガイド用のコントローラーは電池を忘れてきたので使えないと手動ガイドで対応することにした。もう1本、連続撮影用にと銀塩フィルム用のカメラを三脚にセット、巻き上げればーをフリーにしておいたので、そのまま固定して太陽方向を向ける。これで一応準備完了、一息ついて見上げる空には相変わらず雲が多くまだ太陽は顔を出さない。
旅行者の担当者がバッグから大きなテルテル坊主を取り出し、観測広場の校庭の一角のバスケットボールのゴールにぶら下げようとしている。それを見て現地の人たちが凄い剣幕で怒り出した。ガイドが慌て飛んできて「それを取り外してください。人の形をしたものを高いところに吊るすとその地域に災いが起こるという言い伝えがあるらしい。そこであまり人目につかないようにと本部関の机の隅に結わえ付け、晴天になうようにとお祈りをすることにした。
雲は南西から北東へと動いている。その南西の低空に晴れまが少し見えているではないか。「コリャアいけるかもしれないぞ」そうつぶやきながら滴り落ちる汗もなんのその、順調にセッティングを進め、時計を見るともう8時は過ぎている。もう直ぐ第一接触だ。
全ての準備を終えてホット一息、周りを見渡すといつの間にかどこから集まったのか、現地の人々が張り巡らされたロープの外に、三重四重の人垣を作っているではないか。そんな人口密集地(すごい田舎)でもないのに、また情報がそれほど多くあるとは思えないのに、よくもまあ集まってくれたものだと嬉しいやら感心するやら、やはり厳重にしなければならなかったのだ。もしロープが張っていなかったなら、警察官の警備がなかったらと思うとぞっとする。皆既日食を楽しみながら荷物の見張りも怠ることがないようにしなくてはならなかったのだ。そんな情景を楽しみながら晴れ間がやってくるのを今か今かと待つ。
「第一接触まであと10分で~す。皆さん準備はいいですか」。このツアーを企画したJTB九州の担当者が本部席からハンドマイクで叫ぶ。周りは見るともう全ての人が観測や撮影の準備をおえてくつろいでいる。ロープの外のギャラリーはさらにふえ、ざっと見ただけで5000人はいるようだった。
「第一接触まであと10分で~す。皆さんのパワーで雲を吹き飛ばしてくださ~い」。マイクの声はさらに大きくなってあたりに響いた。雲はまだ切れる気配はないが、準備中より明るくなってはきている。雲は多いながら、なんとか晴天は期待できそうだ。
「第一接触まであと1分で~す。何とか晴れますように皆さんお祈りしましょう」。晴れ間のやってこない苛立ちと焦りからか、声にどこか元気がなく少し震えているようだ。カウントダウンが始った。現地時間8時17分48秒。
「第一接触で~す。まだ太陽は見えませ~ん」。東の空にはまだ暑い雲があるが、南西から西の空にかけては随分青空が広がってきている。これだったらもう直ぐ太陽も顔を出すのではないだろうか。かなり希望が持てるようだ。途切れ途切れでもいいから何とか見たいものだ。それぞれの思いで太陽があるであろう方向を見上げている。
くもの切れ間がやってきた。ゆっくり動く雲から太陽が顔を出した。8時35分を過ぎている。太陽の西の端が20%ほど欠けているのが見える。さあいよいよ撮影開始だ。カメラとビデオを太陽に向ける。興奮で手が振るえなかなかピントを出せない。このまま第四接触まで晴天でありますようにと願いながら最初のシャッターを切った(つづく)
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by hoshimikai | 2009-11-02 19:44 | 黒い太陽を求めて中国への旅
黒い太陽を求めて・中国への旅①
7月22日は今世紀最大の皆既日食があるということで、同月20日朝の便で宮崎空港を出発した。
福岡空港で上海行きに乗り換えるため国際線ターミナルまで移動、ターミナル内には日食観測に出かける人たちを中心にごった返していた。
誰もがみな神秘のダイヤモンドリングと美しいコロナに期待して出国手続きを済ませ、控室で出国に際しての注意事項や観測の事前説明などを聞き、13時10分一路上海浦東空港に向けて飛び立った。

上海のこの日の天候は晴れ、でも特有のスモッグなのか空はぼんやりしちえる。われわれは上海浦東空港から合肥空港への便に乗り換えるための入国手続き検査所へと向う。全員の荷物検査無事に終えるかと思っていたところ、ちょっとしたトラブル。なんと私の荷物だけ引っかかってしまったのだ。
望遠鏡の入ったジュラルミンケースが怪しく映ったのだろう。中を開けると「これは何か。いくらぐらいするのなのか。」と尋ねられた。言葉がさっぱりわからないので通訳を介して「5万円くらい」だと答えると、検査官は「そんなものじゃないだろう」と言うように首をかしげながらつぶやいたようであったが、なんとかOKのサインが出されことなきを得た。

搭乗してもうひとつトラブル。機体にトラブルが見つかったのでフライトはキャンセル、状況が分かるまで空港内で待機となった。2時間経っても状況に変化はない。この分だと上海空港に朝までかと覚悟をきめ、渡された弁当に箸をつけるがそのまずいこと、いつ飛び立つのかわからないまま不安の中でのことなのでなおさらである。

3時間過ぎたころ、フライトができそうなので機内にお入りくださいとのアナウンスにほっと一息、みな待ちくたびれていたのだろう。航空機内へと急ぐ。別にそんなに急ぐことはないのにと思いながらである。
ほどなく機は上海浦東国際空港を離陸し一路合肥空港へと向かった。外は夜、機内から見る上海の夜景は少しぼんやりとはしているが、世界最大の人口を抱える都市とあってその見事さには圧倒された。
もちろん航空機にあまり乗ることもなく、夜間フライトが初めてなので比較にしようがないのだが・・・・。

1時間後合肥空港に着く。空港内へと移動して驚いた。昨年9月に下見に来た時とは打って変わって実にきれいに整備されているではないか。10か月でここまでできるのは、中国って国はやはり只者ではないと改めて思い知らされたのである。

荷物を受け取りバスへと移動、3台のバスに分乗して高速道路を揺られること2時間半、本日の宿泊地、安慶市のホテルに着いたときはもう23時(日本時間・日本と1時間の時差)を回っていた。皆様疲れているのか口数も少ない。
東京の教材店を営むN氏と同室となり、初対面の挨拶を済ませ、少し体を横たえる。睡魔が襲ってきたが、遅い夕食をとレストランへ急ぐ。一口付けて「辛い」と思わず叫んでしまった。疲れた体にこれはなかろう。と思いつつやはりお腹がすいていたのだろう。結構腹の中に入れることができた。

その席で添乗員から私宛に電話が入っているとのメッセージ書きを手渡された。宮崎の放送局からだろうと思いつつ、娘の携帯からは入れてみるとやはりそうであった。明日朝の放送で現地の様子をしゃべって欲しいとのこと。打ち合わせを済ませてから窓の外を見ると、木星が明るく輝いていた。明日も暑い一日になりどうだと思いながらシャワーを浴びベッドに身を横たえるとすぐに夢の中。

目覚めは電話のベルの音、現地時間はまだ5時45分、寝ぼけ眼をこすりながらMアナウンサーの問いかけに答える。自分でははっきりと寝ぼけ声だとわかるくらい声が割れていた。それでも何とか6分間の放送を終えることができた。でも何をしゃべったのかは覚えていない。それから少し体を休め、6時30分のモーニングコールで改めて起きだした。

朝の水浴は私の日課、あまり冷たくはなかったが何とか目覚めの助けにはなったようで、ぼんやりしいた頭が少しはすっきりしてきた。バイキングの朝食は結構食えるものも多く、昼の暑さに負けないようにとおなかいっぱい詰め込んだ。最高気温の38度から9度と予想されている上に湿度がかなり高く、それに耐えうるだけの栄養を補給しておこうとの考えからである。

8時30分からはバスに揺られて安慶市内の観光地巡りである。78メートル、10層にも及ぶ塔がそびえる歴史が3000年にもなる古いお寺、上野不忍池を思い出させる大きな池のある公園、もちろん不忍池の3倍はありそうなスケールの大きさには圧倒された。この公園の中にもう一つ面白いものを見つけた。「日本怪奇○○××館」どうやらお化け屋敷のようだ。

気温は40度にまで跳ね上がり、湿度の高さも加わって不快指数は優に85は超えていた。そんな中で次の観光地、かつて中国共産党の重鎮で書家の邸宅を訪れる。観光地はどこも多くの人々で賑わっていたが、さすがにここは町の入り組んだところにあってなのか、ゆっくり見学することができた。

昼食は安慶市内のレストラン、前夜の食事を考え、あまり期待してなかったが、出されたものは味もにおいも控えめにしてあり、私たち日本人のためを考えてくれたかが容易に理解できた。とにかく猛烈な暑さの中で動き回ったこともあり、ビールのうまさは格別であった。

昼食後は日食観測値の下見、バスに揺られて1時間ちょっと、桐城市の天城中学校に到着。ここも下見のときと比べ道路や街並みがかなり整備され、埃っぽさがなくなっていた。
案内されて中学校の説明会場へ、講堂の中は冷房が効いていてひんやりと汗びっしょりの肌に心地よかった。校長先生から歓迎の言葉をいただき、山口県天文協会の小林正照会長が現地の内情や観測値の様子、日食の経過などを詳しく説明して、実際に観測する広場へと移動した。
じりじりと焼けるコンクリートの照り返しを受けながら、望遠鏡設置の方位や日食が始まる時刻の太陽の高度、皆既になったときの方位や高度などを調べ、撮影シュミレーションを行った。

明日もこんな天気であってほしいものだお思いつつ、再びバスに揺られて安慶市内のホテルに入る。
夕食後は前夜祭あらぬ皆既日食の事前説明会。観測地の中学校での説明と一部重複視点もあったが、小林会長の説明は相変わらずユーモアを交えてではあったが、的を得ていてわかりやすく、また配られた日食経過のタイムテーブルは大いに役に立つものであった。

最後に一番気になる明日の天気、観測値の北方にある雲の帯が南下傾向にあり、ちょうど日食の時間帯に雨を降らせる可能性があるとの説明に、城内には驚きと落胆の入り混じった声が飛び交った。
説明会を終え、部屋に戻って撮影に必要な機材の確認と準備にかかる。できるだけ煩雑にならないようにと考え、一つ一つ丁寧にバッグに詰めていった。準備を終えてベッドに入ると、明日のことが気にはなるものの昼間の観光での疲れからかすぐに睡魔が襲ってきて、夢の世界へと誘ってくれた。外はまだ星が輝いていた。
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by hoshimikai | 2009-09-29 22:01 | 黒い太陽を求めて中国への旅