2009年 09月 29日 ( 1 )
黒い太陽を求めて・中国への旅①
7月22日は今世紀最大の皆既日食があるということで、同月20日朝の便で宮崎空港を出発した。
福岡空港で上海行きに乗り換えるため国際線ターミナルまで移動、ターミナル内には日食観測に出かける人たちを中心にごった返していた。
誰もがみな神秘のダイヤモンドリングと美しいコロナに期待して出国手続きを済ませ、控室で出国に際しての注意事項や観測の事前説明などを聞き、13時10分一路上海浦東空港に向けて飛び立った。

上海のこの日の天候は晴れ、でも特有のスモッグなのか空はぼんやりしちえる。われわれは上海浦東空港から合肥空港への便に乗り換えるための入国手続き検査所へと向う。全員の荷物検査無事に終えるかと思っていたところ、ちょっとしたトラブル。なんと私の荷物だけ引っかかってしまったのだ。
望遠鏡の入ったジュラルミンケースが怪しく映ったのだろう。中を開けると「これは何か。いくらぐらいするのなのか。」と尋ねられた。言葉がさっぱりわからないので通訳を介して「5万円くらい」だと答えると、検査官は「そんなものじゃないだろう」と言うように首をかしげながらつぶやいたようであったが、なんとかOKのサインが出されことなきを得た。

搭乗してもうひとつトラブル。機体にトラブルが見つかったのでフライトはキャンセル、状況が分かるまで空港内で待機となった。2時間経っても状況に変化はない。この分だと上海空港に朝までかと覚悟をきめ、渡された弁当に箸をつけるがそのまずいこと、いつ飛び立つのかわからないまま不安の中でのことなのでなおさらである。

3時間過ぎたころ、フライトができそうなので機内にお入りくださいとのアナウンスにほっと一息、みな待ちくたびれていたのだろう。航空機内へと急ぐ。別にそんなに急ぐことはないのにと思いながらである。
ほどなく機は上海浦東国際空港を離陸し一路合肥空港へと向かった。外は夜、機内から見る上海の夜景は少しぼんやりとはしているが、世界最大の人口を抱える都市とあってその見事さには圧倒された。
もちろん航空機にあまり乗ることもなく、夜間フライトが初めてなので比較にしようがないのだが・・・・。

1時間後合肥空港に着く。空港内へと移動して驚いた。昨年9月に下見に来た時とは打って変わって実にきれいに整備されているではないか。10か月でここまでできるのは、中国って国はやはり只者ではないと改めて思い知らされたのである。

荷物を受け取りバスへと移動、3台のバスに分乗して高速道路を揺られること2時間半、本日の宿泊地、安慶市のホテルに着いたときはもう23時(日本時間・日本と1時間の時差)を回っていた。皆様疲れているのか口数も少ない。
東京の教材店を営むN氏と同室となり、初対面の挨拶を済ませ、少し体を横たえる。睡魔が襲ってきたが、遅い夕食をとレストランへ急ぐ。一口付けて「辛い」と思わず叫んでしまった。疲れた体にこれはなかろう。と思いつつやはりお腹がすいていたのだろう。結構腹の中に入れることができた。

その席で添乗員から私宛に電話が入っているとのメッセージ書きを手渡された。宮崎の放送局からだろうと思いつつ、娘の携帯からは入れてみるとやはりそうであった。明日朝の放送で現地の様子をしゃべって欲しいとのこと。打ち合わせを済ませてから窓の外を見ると、木星が明るく輝いていた。明日も暑い一日になりどうだと思いながらシャワーを浴びベッドに身を横たえるとすぐに夢の中。

目覚めは電話のベルの音、現地時間はまだ5時45分、寝ぼけ眼をこすりながらMアナウンサーの問いかけに答える。自分でははっきりと寝ぼけ声だとわかるくらい声が割れていた。それでも何とか6分間の放送を終えることができた。でも何をしゃべったのかは覚えていない。それから少し体を休め、6時30分のモーニングコールで改めて起きだした。

朝の水浴は私の日課、あまり冷たくはなかったが何とか目覚めの助けにはなったようで、ぼんやりしいた頭が少しはすっきりしてきた。バイキングの朝食は結構食えるものも多く、昼の暑さに負けないようにとおなかいっぱい詰め込んだ。最高気温の38度から9度と予想されている上に湿度がかなり高く、それに耐えうるだけの栄養を補給しておこうとの考えからである。

8時30分からはバスに揺られて安慶市内の観光地巡りである。78メートル、10層にも及ぶ塔がそびえる歴史が3000年にもなる古いお寺、上野不忍池を思い出させる大きな池のある公園、もちろん不忍池の3倍はありそうなスケールの大きさには圧倒された。この公園の中にもう一つ面白いものを見つけた。「日本怪奇○○××館」どうやらお化け屋敷のようだ。

気温は40度にまで跳ね上がり、湿度の高さも加わって不快指数は優に85は超えていた。そんな中で次の観光地、かつて中国共産党の重鎮で書家の邸宅を訪れる。観光地はどこも多くの人々で賑わっていたが、さすがにここは町の入り組んだところにあってなのか、ゆっくり見学することができた。

昼食は安慶市内のレストラン、前夜の食事を考え、あまり期待してなかったが、出されたものは味もにおいも控えめにしてあり、私たち日本人のためを考えてくれたかが容易に理解できた。とにかく猛烈な暑さの中で動き回ったこともあり、ビールのうまさは格別であった。

昼食後は日食観測値の下見、バスに揺られて1時間ちょっと、桐城市の天城中学校に到着。ここも下見のときと比べ道路や街並みがかなり整備され、埃っぽさがなくなっていた。
案内されて中学校の説明会場へ、講堂の中は冷房が効いていてひんやりと汗びっしょりの肌に心地よかった。校長先生から歓迎の言葉をいただき、山口県天文協会の小林正照会長が現地の内情や観測値の様子、日食の経過などを詳しく説明して、実際に観測する広場へと移動した。
じりじりと焼けるコンクリートの照り返しを受けながら、望遠鏡設置の方位や日食が始まる時刻の太陽の高度、皆既になったときの方位や高度などを調べ、撮影シュミレーションを行った。

明日もこんな天気であってほしいものだお思いつつ、再びバスに揺られて安慶市内のホテルに入る。
夕食後は前夜祭あらぬ皆既日食の事前説明会。観測地の中学校での説明と一部重複視点もあったが、小林会長の説明は相変わらずユーモアを交えてではあったが、的を得ていてわかりやすく、また配られた日食経過のタイムテーブルは大いに役に立つものであった。

最後に一番気になる明日の天気、観測値の北方にある雲の帯が南下傾向にあり、ちょうど日食の時間帯に雨を降らせる可能性があるとの説明に、城内には驚きと落胆の入り混じった声が飛び交った。
説明会を終え、部屋に戻って撮影に必要な機材の確認と準備にかかる。できるだけ煩雑にならないようにと考え、一つ一つ丁寧にバッグに詰めていった。準備を終えてベッドに入ると、明日のことが気にはなるものの昼間の観光での疲れからかすぐに睡魔が襲ってきて、夢の世界へと誘ってくれた。外はまだ星が輝いていた。
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by hoshimikai | 2009-09-29 22:01 | 黒い太陽を求めて中国への旅